「生徒会長の事情は、だいたい分かりました」でも、穂香にはまだ分からないことがあった。「そういえば、どうして私と初めて会ったとき、相談にのると言ってくれたんですか?」周りの人を危ない目に遭わせないように人を避けているのに、それでは辻褄(つじつま)が合わない。「ああ、あれね」生徒会長が笑うと周囲に花が舞っているような気がする。(この人、本当にすごいイケメン……。だからといって、ときめきは少しもないんだけど)どれほどイケメンでも、ホラーゲームの主人公とだけは関わりあいたくない。「白川さんは、僕よりお弁当に釘付けだったから珍しくて。君は『友達がいない』と悩んでいたでしょう? だから、自分の置かれた状況も忘れて、君と友達になれたらいいなって思っちゃったんだ。今の状況では無理なのにね」「友達……」優しいその言葉を聞いて『関わりあいたくない』と思ったことに、穂香は罪悪感を覚えた。(生徒会長だって、好きでホラーな目に遭っているわけじゃないのに、私ったら)化け物退治はできないが、せめてもう少し何かお役に立てればいいなと思う。「そうだ! 友達になっても不思議なことが起こるか、試してみませんか?」「え?」「女生徒が生徒会長にふれたら、おかしなことが起こりますよね? じゃあ、口約束で女生徒と友達になったら、どうなるか気になりませんか?」「気になるけど……。また怖い目に遭うかもしれないのに、いいの?」「よくはないですけど、その、私も気になるので」ためらったあと、生徒会長は小さくうなずいた。「じゃあ、お願いしてもいいかな?」「はい」生徒会長は、穂香をまっすぐ見つめる。「僕とお友達になってください」「はい、よろしくお願いします」何か起こるかと緊張していたが、何も起こらない。穂香は、息を吐いた。「口約束で友達になったくらいでは、何も起こらないみたいですね」「そうだね。分かってよかった。ありがとう」微笑み合ったとき、生徒会室の扉が叩かれた。廊下側から複数の足音が聞こえる。「お待たせしました! 穂香さん、穴織くんを連れてきましたよ」穂香は扉のほうに駆け寄った。「レン、ありがとう」穴織は「皆、少し扉から離れてなー」と声をかける。「うん、分かった」あれだけビクともしなかった扉は、何事もなかったようにあっさり開いた。開いた扉の向こうには、穴
穴織に「お前、同業者か? それとも、俺らの敵か?」と問われたとたんに、穂香の前に透明なパネルが現れた。(選択肢だ……。ということは、これはものすごく重要な質問だということだよね)2枚の透明なパネルには、『正直に答える』と『うまく誤魔化す』と書かれている。不思議なことに、選択肢が現れている間は、周囲の時間は止まっているようだ。穴織もレンも固まったままピクリとも動かない。(たぶん、うまく誤魔化したほうがいいと思うけど、口下手な私じゃ誤魔化せる気がしない)中途半端なことをすると、余計に穴織の怒りを買ってしまいそうだ。(だったら、もう正直に話すしかないよね?)穂香は、おそるおそる『正直に答える』のパネルにふれた。そのとたんにパネルが光り消えてなくなる。時間が動き出したようで、レンが穂香をかばうように、穴織との間に割って入った。「何か誤解があるようです」「だったら、俺が分かるように説明して、その誤解とやらを解いてくれや」穂香は、ゴクリとツバを飲み込んだ。「穴織くん。今から全部話す。信じられないかもしれないけど、私の話を最後まで聞いてほしいの」腕を組んだ穴織は「分かった」とうなずく。(もし、選択肢が間違っていたら、記憶を消されてやり直し……でも、もうやるしかない!)穂香は覚悟を決めて話し始めた。「まず、私とレンは、穴織くんの同業者でも敵でもないよ。むしろ、穴織くんが言っている同業者も敵もなんのことだか分からない。でもっ」穴織は無表情のまま、耳を傾けてくれている。「穴織くんとは別件で、私自身もおかしなことに巻き込まれてしまっているの。信じてもらえないかもしれないけど……。私、恋愛ゲームの世界に閉じ込められているの」穂香が口を閉じると辺りが静まり返った。しばらくすると、穴織の胸ポケット辺りから『言霊(ことだま)の色を見る限り、この娘、嘘はついとらんぞ。しかも、殺意はもちろん、悪意すらない』と声がする。「う、嘘が分かる……?」穂香の顔から血の気が引いていく。「それって、もし私が『うまく誤魔化す』の選択肢を選んでいたら、バッドエンドになってたってこと⁉」穴織は「ジジィの声が聞こえるんか⁉」と驚きの表情を浮かべている。「うん、聞こえてる。それに、穴織くんが私の記憶を消そうとしたけど、消えてないの」「俺の術まで効かんなんて……。一体、白川さ
穴織は「怪しい人?」と穂香の言葉を繰り返した。「えっと、説明が難しいんだけど、穴織くんは、私が閉じ込められている恋愛ゲームの重要人物で……」「俺が?」まさか、『あなたは私の恋愛候補なんです』とは、さすがに本人に言えない。「穴織くんは、前におまじないのことを調べていたよね?」穴織に『やってみてほしい』と言われて、穂香とレンはおまじないのことを知った。「あのおまじない、私にも関係あることみたいなの」おまじないをしたら、夢の中でレンと話せるようになった。そして、怪しい黒髪先輩もおまじないをしていた。黒髪先輩は、生徒会長のことが好きなようで、生徒会長は化け物に付きまとわれている。(これだけいろんな人が関わっているんだから、おまじないは絶対に重要イベントだよ。これをクリアしたら、私や皆の問題も少しは解決するかもしれない)話す武器が『娘は、嘘はついておらん。悪意もない』と言う。穴織は赤い髪をグシャとかき乱した。「うーん、分かった。白川さん、とりあえず手を組もう。というのも、正直、こっちは行き詰ってるねん」穂香が「穴織くんは、化け物退治の専門家なんだよね?」と確認すると、穴織はうなずく。「今さら隠しても仕方ないから言うけど、俺の家は代々化け物を退治してきた一族でな。今回も化け物退治の依頼を受けてこの学校に来たんや。でも、なかなか解決できんくて」「穴織くんでも倒せないほど、化け物が強いってこと?」「そうじゃなくて、倒しても倒してもキリがなくてな」穴織は、話す武器を穂香に見せた。「俺の一族は、名前の通り【穴を織(お)れる】ねん」「えっと?」「まぁ、分からんよな。本来なら、化け物と人間が暮らす世界は異なるんやけど、人間の悪意や憎悪、絶望などが強すぎると穴が開いて、そこから化け物がこっちに来てしまうことがあるんや」『こちら側に来た化け物を退治して、開いた穴を塞ぐのがワシらの役目じゃ』「な、なるほど?」と言ったものの、穂香はよく分からない。穴織は気にせず話し続けている。「普通は、こっちに来た化け物を退治して、穴をふさいだら終わるねんけど、次から次へと化け物が現れてな。しかも、おまじないをしたら同じ夢を見れるとか言うし、原因が分からんくて困ってんねん」「原因って、おまじないじゃないの? おまじないの力で化け物を呼びよせている、とか?」「うーん」
穂香が穴織に頼んだとたん、風景が変わった。【同日 夜/自宅前】(学校から私の家まで飛ばされたんだね)日が暮れて、辺りは暗くなっている。穂香は、玄関の扉を開いた。「ただいま!」声だけ聞こえる母から「おかえりなさい」と返事がある。「お母さん、友達連れて来たから」「友達って、どうせレンくんでしょう? って、あら?」どうやら母は、穴織を見たようだ。「いらっしゃい。穂香のクラスメイトかしら?」「はい、同じクラスの穴織です。今日は文化祭のことを話し合うために集まりました。遅い時間帯にすみません」穴織は、動揺することなくスラスラと嘘の説明をしている。(穴織くん、すごい! 正体を隠して化け物退治をしているから、こういうことになれているのかも?)感心している穂香の横で、レンが「穂香さんの部屋はこっちですよ」と指をさす。穴織は、母との会話を切り上げると、レンのあとに続いた。「なんで白川さんじゃなくて、レンレンが案内してくれんの?」レンは「まぁ、ここにはよく来ますから」と淡々としている。「え? それって、部屋にくる仲ってこと? 自分ら本当に付き合ってないんやんな?」その言葉は、穂香の胸をえぐった。「そうだよ、付き合ってない……。レンが私のことを好きになって、告白してくれたらこの恋愛ゲームの世界から脱出できるのにね」レンは、穂香から視線を逸らす。「そんなことを言われても、嘘の告白では、意味がないから仕方ないでしょう」「分かってるよ。大丈夫、頑張るから」そんな会話をする二人を見た穴織は、「なんか、こっちはこっちで大変そうやなぁ」と哀れみの目を向ける。穂香は、自室の扉を開いた。「はい、ここが私の部屋だよ。あまり片付いてないけど、どうぞ」すんなりと入ったレンとは違い、穴織は入るのをためらっている。「穴織くん?」「あ、いや。女子の部屋に入るの初めてでちょっと緊張してる」「えっ? 穴織くん、彼女の部屋に入ったことないの?」「ないない。というか、今まで生きてて彼女ができたことが一度もない」「こんなに爽やかイケメンなのに!?」驚く穂香以上に、穴織が驚いた。「えっ、俺って白川さんから見たらイケメンなん!?」「私だけじゃなくて、誰から見てもイケメンだよ! 明るいし誰にでも優しいし、クラスの皆、穴織くんのことが大好きだと思うよ」「そんなん
穂香は、レンを涙目で見つめた。「あ、ありがとう! 実は、生徒会室で化け物に襲われそうになったことを思い出しちゃって」「化け物に? どうして、それを先に言わないんですか⁉」「あれ? 言ってなかったっけ?」「聞いてませんよ。先に言ってくれれば……」レンは、途中で口を閉じた。「言ってくれれば何?」穂香がレンの顔を覗き込むと、少し怒っているように見える。「えっ、もしかして、無理やり引きとめたから怒ってる?」「……違います。その、事情を知っていたら、もう少しあなたに対して優しい対応をですね……」ブツブツ言っているレンの肩を、穂香はつかんだ。「大丈夫! レンは、いつだって優しいよ!」「なっ!?」レンは右腕で顔を隠してしまった。隙間から見えている耳や頬が赤くなっている気がしなくもない。「もしかして、照れてる?」レンから返事はない。「レンが照れるなんて珍しいね。ようやく私の可愛さに気がついた? なんてね」冗談を言っていると、レンは顔を隠すのをやめた。その顔は少しも赤くなっていない。「今日の穂香さんは、だいぶ余裕があるみたいなので、研究の続きをしましょうか」「研究?」首をかしげる穂香に、レンはニッコリと作ったような顔で微笑みかける。「ほら、前に言ったでしょう? 10秒間、キスすると……約8千万の菌が互いの口内を移動するという話」ボッと音がなりそうなほど、瞬時に穂香の頬は熱くなった。動揺する穂香の手に、レンがそっとふれる。「ちょ、ちょっと待ってっ!」ゆっくりとレンの顔が近づいてきた。(ほ、本当にキスするの⁉)穂香がギュッと目をつぶると、「フッ」と笑う声が聞こえる。目を開けると、レンが困ったような顔をしていた。「そんなに嫌そうな顔しないでください。無理やりなんてしませんよ。冗談です、冗談」「じょう、だん」急に恥ずかしくなった穂香は、膝を抱えて顔をうずめた。(本当にキスするかと思って驚いたけど……)いつも側にいて、いつでも穂香の味方をしてくれる。口は悪いけど、本当は優しい。そんなレンに、キスされそうになって嫌な気分になるはずがない。(私、たぶん、レンのことが好きなんだ)チラッとレンを見ると、すぐ近くにレンの顔があった。緑色の瞳が不安そうに揺れている。「すみません。ふざけすぎました。あなたを傷つけようとしたわけではなくて―
レンが部屋から出ていくと、風景が変わる。【10月12日(火) 朝/通学路】(次の日になったから、また学校に向かっているんだね)制服を着た穂香とレンは、通学路を並んで歩いていた。(昨日、あんなことがあったから、気まずいんだけど……)沈黙が重苦しい。穂香が、チラッとレンを見ると、いつもと変わらないように見えた。(そっか。私はレンが好きだけど、レンからしたら、キスもただの研究だもんね)そう思うと、少しだけ胸が痛いような気がする。(私も、もう気にするのはやめよう)穂香がフゥと息を吐くと、レンが「昨日の件ですが」と話し出した。「昨日……」キスしたことを思い出して、真っ赤になった穂香につられるように、レンも赤くなる。「そっちではなく、未来の監視の話です」「あ、ああ、それね。原因が分かったの?」レンは、制服のネクタイを少しゆるめると、首から下げていたお守りを取り出した。それは、昨日穴織からもらったもので、穂香も念のため身につけている。「そのお守りが原因なの?」穂香の問いに、レンは首をふった。「お守りというよりは、正確には穴織くんの能力のおかげですね。昨日、彼が穂香さんの家に結界を張ってくれたでしょう?」「じゃあ結界が化け物だけじゃなくて、未来からの監視も防いでくれてるってこと?」「おそらく」とレンはうなずく。「昨日の彼の説明では、穴織一族の目的は【穴を開けて、別の世界からこちらにこようとしている化け物を防ぐことである】と言っていました。そして、彼らの能力で【別世界に通じる穴を閉じることができる】と」「えっと……。ちょっと難しくて、よく分からなくなってきたんだけど」穂香が遠慮がちに伝えると、レンは呆れることなく教えてくれた。「ようするに、穴織一族からしたら、人を襲おうとする化け物も、人類の滅亡を防ごうとしている未来人も、【現代に無理やり介入しようとしている】という点で、同じようなものなのでしょう」「なるほど、さすがレン! 確かレンは、未来の科学者だったよね? 頭がいいはずだ、説明が分かりやすい!」「褒めても何も出ませんよ」コホンと咳払いをしたレンの頬は少し赤い。「話を続けますが、穴織くんにその意思がなくとも、彼が結界を張った場所は、未来人からの干渉を受けなくなります。このお守りも同じような効果があるので、身につけている限り、私が
「ええっ⁉」穂香が叫んだ瞬間、風景が変わる。【同日 昼/教室】(朝の校門から、お昼休みまで飛ばされてる)隣の席のレンが、「さっきのは、どういうことですか?」と深刻な顔をした。「それが……。校門がバラで飾られていたから、文化祭用の飾りだと思いこんじゃって。まさか、他の人には見えてないなんて思わなかった」「なるほど。そういうことなら、仕方ないですね。あなたが、急に先生に話しかけに行ったので驚きました」バラが見えていないレンからすれば、穂香の行動はおかしく見えただろう。「驚かせてごめんね。ねぇ、レンには見えていないってことは、穴織くんの専門だよね? 放課後、先生に会う前に、穴織くんに相談したほうがいいかな?」「そうですね……」穂香が教室を見回しても、穴織の姿はない。「そういえば、穴織くん。朝から見てないね。今日はお休みかな?」「どうでしょうか……」いつもより、レンの反応が薄い。「どうしたの? 大丈夫?」「私は大丈夫ですよ」「でも、何か悩んでいるように見える」レンは、ため息をついた。「違いますよ。ただ、今回は私があなたの恋愛候補なのに、次から次に穂香さんの別の恋愛相手候補が関わってくるのはなぜだろうか、と思いまして」「それって、おかしいことなの?」「それが、今まで穂香さんと私で恋愛しようとしたことがないので分からないのです。でも、引っかかりますね。いい気分ではありません」そう言うレンの顔は険しい。「もしかして、レン、怒ってる?」ハッとなったレンは「別に、嫉妬ではないですからね!?」と頬を赤く染めた。「大丈夫、分かってるよ。レンは、研究のために私の側にいてくれているんだよね」緑色の瞳が大きく見開く。「それ、本気で言ってます?」「え、うん」「自分で言うのもなんですが、こんなに分かりやすい態度を取っているのに?」きょとんとしている穂香を見て、レンは盛大なため息をついた。「あなたが、これまで何度も何度も恋愛に失敗してきた原因が、たった今、分かりましたよ」「え? 何?」「ものすごく鈍いからですよ!」「やっぱり怒ってる!」「怒ってないです。あきれてはいますが」メガネを外したレンは、頭が痛そうに目頭を押さえた。メガネを外したレンを見たのは、夢の中だけなので新鮮に感じる。「レンって、メガネかけててもイケメンだけど、外
【同日 放課後/教室】(もう放課後になってる……)クラスメイトは帰宅したようで、教室には穂香とレンしかいない。穂香はため息をついた。「結局、穴織くんに会えなかったね。もう、先生のところに行くしかないか」覚悟を決めた穂香は、職員室へと向かった。そのあとをレンがついてくる。「私も一緒に行きます」「えっ、ありがとう、嬉しい!」そんな会話をしていると、バッタリと松凪先生に出会った。「おっ、いたいた。高橋も一緒か。ちょうど良かった。生徒指導室に行くぞ」【同日 放課後/生徒指導室】穂香が「私、生徒指導室なんて初めて入った」とつぶやくと、レンが「私も、生徒指導室に連れていかれるあなたを見るのは初めてですよ」と教えてくれる。(ということは、レンから見れば、本当に今回は今までにないことばかり起こってるんだね。大丈夫かな……)生徒指導室の中には、教室に置かれているものと同じ机と椅子が並んでいた。先生は、それを三つくっつけてから「とりあえず座れ」と言う。穂香とレンが並んで座ると、先生は向かいの席に腰を下ろした。「まず初めに言っておくが、俺はおまえたちの敵じゃない」「は、はい?」驚く穂香に、レンは「とりあえず、彼の話を聞きましょう」と耳打ちする。(そういえば、レンからの情報によると、先生って確か『世界で一番強い人間』だったよね?)穴織や生徒会長とはまったく違う情報だったので、違和感があった。(先生って何者?)先生の声は、とても落ち着いている。「おまえたちが、何に巻き込まれているか俺には分からない。……まぁ、主に巻き込まれているのは白川だろうなということは分かるがな。相談しろと言われても、俺のことを信頼できないだろうから、まずは俺の素性から話そう」一呼吸おいた先生は、まっすぐ穂香を見つめた。その表情にはいつものダルさがない。「俺は、別の世界で魔王を倒した元勇者だ」ポカンと穂香が口を開けると、先生はウンウンとうなずいた。「白川が、そんな顔になる気持ちも分かる。俺も、この年で『元勇者』とか自分で言ってて、ものすごく恥ずかしい。だが、事実だから仕方ない」レンが「ということは、先生は別の世界から来た人ということですか?」と質問すると、先生は首を左右にふった。「いや、そうではなく、高校生のときに異世界に召喚されたんだ」「そこで、勇者として魔王を倒
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。
【同日 朝/生徒会室前】(生徒会室までとばされてる)生徒会室の扉もバラの花で飾られていた。(穴織くんは、中にいるのかな?)穂香が生徒会室の扉をノックしようとすると、背後から口をふさがれ、後ろに引っ張られた。すぐに耳元で「なんで来たん! 白川さん!」と怒った声が聞こえる。「穴織くん? だって」「だってやない!」穂香が素直に「ごめんなさい」と謝ると、穴織は「あっいや、俺もごめん」と言いながら拘束を解いてくれた。「そりゃ気になるよな。ちゃんと説明できんくてごめん」どこか悲しそうな顔をしている穴織に、「ううん、私のほうこそごめん」と再び謝る。「俺な、ちょっとやらなあかんことがあって……。白川さんを巻き込みたくないねん」「……分かった」穂香は、もう一度「ごめんね」と伝えると、その場をあとにした。とたんに風景が変わる。【同日 朝/3階廊下】(学校の3階に飛ばされてる?) 3階には、3年生の先輩方のクラスがある。(どうしてこんなところに?)不思議に思って辺りを見回すと、黒髪の女子生徒がおまじないの紙を握りしめていた。(あの先輩も、おまじないをしたんだ)きっとおまじないに頼りたくなるくらい好きな人がいるのだろう。(女子生徒って久しぶりに見た気が……あれ?)恋愛相手しか見えないこの世界で、女子生徒が見えるという違和感。(見えるということは、あの先輩はモブじゃなくて、重要なキャラってことだよね? でも、恋愛相手ではないということは……)穴織は、おまじないをこの学校に広めた人物を探している。そして、穂香がその犯人候補になっていた。(私は無実だから、じゃあ、この先輩がおまじないを広めた人ってことなのかな?)そうではなかったとしても、重要な人物には変わりない。穂香は先輩に気づかれないように、そっとその場を離れて穴織の元へ向かった。まだ生徒会室前にいた穴織に駆け寄り「怪しい人を見つけたよ! 3年の先輩で」と急いで報告する。この時の穂香は、犯人らしき人を見つけた喜びで頭がいっぱいになっていた。戸惑う穴織の腕を引っ張り、先ほどの先輩がいた教室の近くへと連れていく。黒髪の先輩をこっそりと見せると、穴織の胸ポケットから『わずかだがあの娘から瘴気が溢れておる』と聞こえたので、穂香は嬉しくなった。(これで私が無実だと証明できたかな? お役に立てた
【同日 夜/自室】(学校の教室から、夜の自室までとばされてる。これは、もう早くおまじないをしろってことだよね)穂香の目の前におまじないをするかしないかの選択肢が現れたが、迷うことなく「する」を選んだ。(確か、この紙を枕の下に入れて寝るんだっけ?)枕の下におまじないの紙を入れてから、穂香はベッドに仰向けになった。これで好きな人の夢が見れるらしい。(そんな都合のいいことが……。たぶん、起こるんだろうなぁ、ここは恋愛ゲームの世界だし)目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。*【夢の中/教室】(あっ、無事に夢が見れたみたい)教室には、穂香の他にもう一人いた。(誰だろう?)真っ白な服に、同じく真っ白な帽子をかぶっている(軍服のような、着物のような……)白い軍帽の下では、長い赤髪が風に揺れていた。切れ長の赤い瞳に冷たい横顔。それは、確かに見覚えがあった。「もしかして、穴織くん?」穂香の問いかけに反応して、こちらをふり返った人は、確かに穴織の顔をしている。しかし、その顔からは表情が抜け落ちていた。「えっ? 穴織くん、だよね?」うつろだった赤い瞳の焦点が、徐々に定まり「……白川さん?」と呟いたとたんに、いつもの穴織の顔になる。「どうして、白川さん
【同日 昼休み/教室】(朝の教室から、お昼休みの教室に飛ばされてる)穂香が教室内を見回すと、穴織が分かりやすく悩んでいた。いつもニコニコしている顔から笑顔が消えるだけで、だいぶ雰囲気が変わる。少し伏せられた瞳は切れ長で、その横顔は冷たそうだ。(さすが元無表情クールキャラって感じ)「穴織くん、難しい顔してどうしたの?」穂香の声で我に返った穴織は、すぐにいつもの笑みを浮かべた。「あ、白川さん……ちょうど、良かった……」ちょうど良かったと言うわりには、綺麗な赤い瞳が泳いでいる。穴織の制服の胸ポケットが淡く光り、話す武器の声が聞こえてきた。『涼(りょう)、何をためらっておる?』そのとたんに、穴織は胸ポケットを手で押さえる。(教室で急におじいさんの声が聞こえても、騒ぎになってないってことは、この声、普通の人には聞こえていないんだね)「白川さん。文化祭のことで話があるねんけど、ちょっといいかな?」穴織に手招きされ、穂香は一緒に廊下に出た。「白川さん、これ知ってる?」穴織が持っている紙は、たった今、穂香がレンからもらったおまじないの紙と同じだった。「あっそれ、女子の間で流行っている、おまじないに使う紙だよね?」「そう! 白川さんって……これやったことある?」「ううん、ないよ」穴織の胸
真っ赤な顔の穴織は、「白川さん。ちょっとそこで待っててくれる?」と言いながら、通路の角に駆けていった。しばらくすると、穂香の耳元に穴織の声が聞こえてくる。(え? この距離で声が聞こえるっておかしくない?)もしかすると、恋愛ゲームをうまく進められるように、ひそひそ話が聞こえるようになっているのかもしれない。穂香は、心の中で『穴織くん、立ち聞きしてごめん!』と謝った。「ジジィ、おいジジィ!」『朝からうるさいのぉ』穴織が『ジジィ』と呼んでいるのは、話す武器だ。「なんかおかしいねん! 俺、白川さんに魅了されてないか?」『はぁ? 穴織家の血を受け継ぐ者に、魅了術なんか効くわけあるまい』「そ、そうやんな……でもっ」『なにを小娘一人に動揺しておる? 前の学び舎には、もっと綺麗な娘がたくさんいたであろう?』「いや、あいつらは論外やで。急にケンカをふっかけてくるし、俺が勝ったら穴織家の血が優秀やから、俺との子どもが欲しいとか、めっちゃ気持ち悪いこと言ってくるし!」会話の流れでなんとなく穂香は、穴織が前の学校で美少女ハーレム状態だったことを察した。(穴織くん、モテモテだったんだ。でも、相手にしていなかったみたい。それって恋愛に興味がないってことだよね? そんな人とどうしたら恋愛できるの?)穂香の不安をよそに、会話は続いている。『その綺麗どころを片っ端から無視して、顔色一つ変えずに淡々と任務だけをこなし、冷徹機械人形と呼ばれていたお前が、今さら何をあせっておるのだ?』「そ、そうやねん! 今まで他人なんか気にしたことなかったし、今回も潜入のために『普通の学生』を調べて演じてただけやねんけど……。演じているうちに、普通の生活の楽しさに目覚めてしまったというか……」少し間を空けて、穴織の真剣な声が聞こえた。「白川さんと話してたら、俺、本当に普通の人になれたみたいで、なんかめっちゃドキドキする……」『まだまだ青いのぉ。浮かれて気をぬくでないぞ。あの小娘の正体は、まだ分かっていないんじゃからな』「そうやけど……いや、そうやな」穴織の言葉を聞きながら、穂香は『なるほどね』と納得した。(穴織くんは、今まで特殊な環境で生きてきたから『普通』に強く憧れているんだね。だから、ものすごく普通な私に、こんなにも好意的なんだ)よくできた愛され設定だと、穂香は感心する
風景が変わり、穂香の目の前に日付が現れる。【10月7日(木)朝/自宅玄関】「うわ!? 騒いでいる間に、次の日になっちゃってる!」 慌ててレンの姿を探しても見当たらない。「嘘でしょ!? 私を穴織くんと2人っきりで登校させる気なの⁉」昨晩『ようやく恋愛ゲームになってきました』と喜んでいたレンならやりかねない。穂香がおそるおそる玄関の扉を開けると、家の門付近に赤い髪の青年が見えた。(う、うわ……穴織くん、本当にいるよ)穂香がどうしたものかと悩んでいたら、こちらに気がついた穴織が人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。「白川さん。おはよー!」「う、うん。おはよう……」穴織の爽やかさに圧倒されながらも、穂香はなんとか挨拶を返す。「じゃあ、行こうか!」そう言って穂香の隣を歩き始めた穴織は、本気で一緒に登校する気のようだ。【同日 朝/通学路】「……えっと。穴織くん、急に一緒に登校しようって、どうしたの?」穂香が思い切って尋ねると「え? 迷惑やった?」と逆に聞かれてしまう。「いや、迷惑ではないけど……」「じゃあ、いいやん! あ、レンレンとは、いつもどこで合流するん?」穂香は、穴織をまじまじと見つめた。「どしたん?」大きく息を吐きながら、穂香は胸をなで下ろす。「そっか……。穴織くんは、3人で登校するつもりだったんだね……」「え?」「おかしいと思ってたんだよ」いくら『敵かも?』と疑われているとしても、いきなり2人きりで登校しようなんて攻めすぎている。(私とレンと穴織くんで登校するつもりだったから、あんなに強引だったんだ)穂香が「今日は、レンいないよ」と伝えると、穴織は「え? なんで?」と驚いている。「私が、穴織くんに誘われたってレンに言ったから、レンが勘違いして気を利かせてくれたんじゃない?」「気を利かせるって?」「その、デ、デート的な? 2人きりで登校したいって勘違いしたってことだね、たぶん?」誤魔化しながら伝えると、穴織の顔がカァと赤くなった。「あ、ちがっ!」「大丈夫、大丈夫。私は勘違いしていないし、ちゃんと分かっているから」「そ、そうなん? でも、レンレンは勘違いしてんねんな? なんか、ごめんっ!」「別にいいよ」 穴織は、申し訳なさそうな顔をしている。「だって、自分ら、めっちゃ仲良いやん? 俺が邪魔してレンレ